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2017-12-19 10:11

(連載2)北朝鮮危機に対する習近平指導部の姿勢の変化

斎藤 直樹  山梨県立大学教授
 その後、金正恩指導部は9月3日に爆発威力が160キロ・トンにも達するとされる第6回核実験を断行し、世界を震撼させるに及んだ。4月に核実験の実施予定を習近平指導部に事前通告したがために核実験を止められたという認識を持っていた金正恩は、9月3日の核実験の前に習近平指導部に通告を行うことはなかった。第6回核実験の断行は習近平指導部が核実験を制止できなかったことを物語った。他方、危機感を露にしたトランプ政権は安保理事会での北朝鮮に対する石油の全面禁輸を骨子とする決議の採択を目指した。石油の全面禁輸に反発する習近平指導部が激しく食い下がったため、当初の全面禁輸という主張を米国は取り下げたことにより、9月12日に決議2375が採択される運びとなった。同決議は北朝鮮への石油の輸出量を過去一年の水準に凍結する一方、石油精製品の輸出量に年間200万バレルという上限を設定したことにより、石油及び石油精製品を含めた油類全体の輸入総量は三割の落込みが見込まれるとされた。決議2375により北朝鮮への石油の供給に始めて縛りが掛かった。

 この間、習近平指導部の基本姿勢の変化は朝鮮半島有事という緊急事態に対する対応にも表れた。既述の通り、2017年4月に第6回核実験の実施を巡り米朝間の緊張が高まった際に、中国共産党系メディアの『環球時報』は4月22日付けの論説で、もし朝鮮半島で軍事衝突が発生することがあれば、北朝鮮の核・ミサイル関連施設に米軍が空爆を断行することを黙認すると示唆した一方、米韓連合軍が軍事境界線を突破して北進することがあれば、中国人民解放軍は座視することなく軍事介入すると言明した。続いて8月上旬に金正恩指導部が米領グアム島周辺への「火星12」型ミサイル4基による包囲射撃計画を明らかにすると、同計画を断固阻止すべく姿勢をトランプ政権が硬化させた。その間の8月11日付けの『環球時報』の論説は北朝鮮がグアム包囲射撃を行いこれに対し米国が空爆を行ったとしても中立を堅持するが、米国が金正恩体制の体制転換を目論むならば中国は断固反対すると断言した。このことは米韓連合軍の手により北朝鮮が制圧されることは断固容認できないと言明したことを意味した。

 米朝間で軍事衝突が勃発することがあれば中立を堅持するだけでなく北朝鮮の核・ミサイル関連基地への空爆を黙認する可能性についても言及したことは、北朝鮮の立場を事あるたびに斟酌してきた習近平指導部の姿勢を踏まえたとき、前例のないことであった。しかし上記の通り、米韓連合軍が軍事境界線を突破、北進し金正恩体制の転覆を目指すことがあれば中国は軍事介入も辞さないことは明らかである。金正恩体制の瓦解を招くような事態が習近平指導部にとって望ましくないことに変わりはない。中国と陸続きで接すると共に米国の事実上の勢力圏たる韓国との間に存在する北朝鮮という領域の持つ地政学的な重要性を踏まえると、金正恩体制が転覆するという事態がもたらしかねない展望は習近平にとって忌避したい事態である。北朝鮮領域が米国の影響下に入ることは鴨緑江(アムノッカン)を境として目と鼻の先に米国の勢力圏が迫ることを意味する。そうであるからこそ、米韓連合軍が北朝鮮の制圧に向けて軍事境界線を突破、北進することがあれば、大規模の軍事介入を中国は辞さないと『環球時報』を通じ明言してきた。米軍が中朝国境付近に迫り来る事態は何としても避けなければならないという習近平指導部の判断である。

 その後、11月29日に金正恩指導部が新型「火星15」型ICBMの発射実験を強行し、またしても世界を震撼させた。これに対し、トランプ政権が一層の危機感を表明し、軍事的対応も視野に入れている。こうした中で、中国政府が12月上旬に中朝国境に位置する吉林省の朝鮮族自治県において北朝鮮国民の流入という緊急事態を想定し、一時的な収容施設の設営を準備していることが報道された。これらのことは朝鮮半島有事という事態の発生を念頭に入れ、それへの対応を習近平指導部が着実に進めていることを物語る。日本も対応を検討していかねばならないだろう。(おわり)
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