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2016-11-12 11:24

米大統領選挙トランプ氏の勝因

倉西 雅子  政治学者
 今般のアメリカ大統領選における結果は、事前のクリントン候補優位の下馬評とは正反対となったため、「番狂わせ」とも称されています。しかしながら、行き過ぎたグローバリズムがアメリカ社会にもたらした失望感を理解しますと、「なるべくしてなった」とも言えます。トランプ氏の勝利が不思議ではない理由は、多国籍化した近年のグローバル企業の行動パターンにあります。経済のグローバル化を背景にしばしば指摘されている現象は、全世界規模で事業を展開できるようになったグローバル企業の「国家離れ」と「国民離れ」です。『パナマ文書』や『ハバナ文書』にも明らかなように、企業は、所得、製造拠点、本社…のみならず、ホワイトカラーであれ、ブルーカラーであれ、被雇用者も自由に国境を越えて移動させることができるようになりました。

 その結果、企業の至上命題である「利益の最大化」方針は、人件費の圧縮手段としての移民の大量導入へと向かい、既存の被雇用者の大量解雇、並びに、非正規雇用化を招いたのです。ここに、移民労働者と既存の労働者との間のゼロ・サム関係が発生し、それは、外国人移民対一般国民の対立構図として表面化してしまうのです。ここで、組織と構成員との関係に注目しますと、封建領主より冷淡なグローバル企業の姿が浮かび上がってきます。企業も荘園も、生活基盤となる経済的な組織という意味においては共通しています。どちらも、人々が日常において働く場であり、かつ、所得、あるいは、生活の糧を得るための基盤となる組織ですが、構成員の保護という面からは全く違っています。封建領主には領民保護義務があり、万が一、外敵から襲われたら城壁内に領民全員を避難させ、自らは、命を捨てる覚悟で外敵と戦いました。封建領主は高い身分が認められ、特権をも有していましたが、その見返りとして、農地でもある領地を護り、領民を保護するためには自らの命をも犠牲にしなければならなかったのです。

 一方、今日のグローバル企業は、労働法による規制はあるものの、被雇用者に対する保護義務は殆ど負っていません。経営上、自らの利益にマイナスと判断された場合には、既存の従業員を解雇し、外国から新たに低賃金の移民を雇用することもできますし、自国より有利な製造地があれば、工場を移転させることも簡単です。封建領主のように、土地にも縛られていないのですから。企業にとっては、グローバル化は利益の最大化には極めて有利ですが、被雇用者の側からしますと、突然、荒れ野に放り出されるようなものです。中世にあって荘園を追放された領民が最早生きてゆくことができないように、職を失うことは、如何なる人にとりましても死活問題です。グローバル化のさらなる推進は、現在失業中ではなくとも、将来を考慮すればリスクの限りない増大を意味します。しかも、外国人移民の増加は、国家や社会そのものの変質を伴います。

 こうした危機感を感じた人々が、封建時代には凡そ存在していなかった国家の政府による国民保護機能を思い起こし、トランプ氏に保護機能の回復を期待して一票を投じたことは想像に難くはありません。否、いたく合理的な判断であったとも考えられます。大統領選挙の結果を予測できなかったマスメディアは、統計的に世論を読み間違えたというよりも、グローバル化の影の部分に「見て見ぬふり」をしたからなのではないでしょうか。
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