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2016-06-08 06:53

トランプは極東のパワーバランスを棄損する

杉浦 正章  政治評論家
 無知蒙昧(もうまい)爺さん対嫌われ婆さんの戦いとは、米国の政治も落ちぶれたものだ。大苦戦の末クリントン(68)が民主党の指名を確実にし、トランプ(69)と大統領の座を争うことになった。いずれも好感が持てないという「非好感度」調査は6割に達し、米国民はフレデリック・フォーサイスの小説ではないが「悪魔の選択」を迫られる。選択の余地が極度に少なく、どの道を選んでも大きな痛みを伴う結果をもたらすのだ。しかし、どちらがいいかと言えば、ヒトラー現代版よりも、常識派がいいに決まっている。世界中がそう思っているに違いない。トランプの危険性の最たるものは白人至上主義的なその言動だ。分析すれば、批判の対象となる日本、中国、韓国、メキシコ、イスラム諸国などすべてが有色人種国だ。ヒトラーがゲルマン至上主義を唱えて台頭したのと酷似している。その演説の勘所も、理性より感情を重視しており、ヒトラーが敗戦国ドイツの国民感情をフルに活用したのと相似形をなす。元メキシコ大統領フェリペ・カルデロンが「トランプ氏が勝利すれば、世界中の反米感情が高まることにつながる。トランプ氏は私益のために社会の恐怖をあおっており、それはかつてヒトラーがやっていたのと同じことだ」と述べているのは至言だ。ヒトラーがトランプと異なる点は、もう少し知性があったことだろう。

 過去にも米国には、共産主義者に対する弾圧旋風を起こしたジョセフ・マッカーシーや、人種隔離を主張したウオーレス・アラバマ州知事がいるが、国の命運を左右する大統領ではなかった。クリントンとの本選挙になれば、トランプはその主張を軟化させるという見方があるが、たとえ軟化しても、本心は予備選挙ですべて吐露しているのだから、何を言っても信用はおけない。イギリスでは「トランプ入国禁止」の署名運動が起きたくらいだから、人種を問わず、世界中の反発をかっていることは確かだ。ある外交官が「トランプが大統領になったら、G7はG6になるだろう」と冗談を言っていたが、「トランプ大統領イコール米国の孤立化」であることは間違いない。トランプが大統領になった場合に各国首脳は従来のように次々にワシントン詣でするかといえば、しないだろう。笑顔で握手しているような映像や写真を報道されれば、自らが自国民の総スカンを食らいかねないからだ。安倍も「上洛」は控えた方が良い。

 世界のパワーバランスはどうなるかだが、極東の変化が著しいものになろう。最近のトランプは、さすがに日本の核武装を明言しなくなったが、米軍駐留費の全額負担や、北の脅威から日本は自分で国を守るべきだという主張は継続している。「日本が米軍駐留経費の負担を大幅に増やさなければ、在日米軍の撤退を検討する」のだそうだ。米軍の極東展開の経費の日本負担額は、5年間で9465億円の「思いやり予算」に加えて、基地周辺対策費などで毎年なんと6710億円に達するが、このことをトランプは知らない。いまや日本の負担なしに米国の世界戦略は成り立たないのだ。無知も甚だしいのである。長年積み上げてきた同盟関係を一瞬にして崩壊させかねない論理構成である。問題は、同盟関係を毀損して米国のパワーが維持出来るかだが、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)するのは、中国だけだろう。知日派のマイケル・グリーンが、時事通信のインタビューで「トランプ氏の発言は米政府の政策にはならないと思う。まずトランプ氏に賛同し、政策の実現を手伝う機関が全くない。裁判所、議会、シンクタンク、メディア、軍など、多くの機関が彼を妨害するだろう」と述べている。しかし、例えば国防総省が全軍の最高司令官である大統領の命令を聞かないなどという事がありうるのだろうか。それは一種のクーデターとなりかねない事態だ。
 
 クリントンがトランプ発言に対して「言うとおりにしたら、米国は弱体化する」と予言しているが、その通りだ。極東における米中対峙の構図は日米安保条約によって成り立っており、これが消失すればパワーバランスは一挙に中国にとって有利になる。朝鮮半島も韓国が北朝鮮の攻勢にさらされることは、火を見るよりも明らかだ。要するに、トランプの安全保障への感覚は荒唐無稽(むけい)であるが、この米国の孤立化と命運を左右する大問題が大統領選の俎上に載らないのは、米メディアの怠慢と無知があるのだろう。元国防次官でクリントン側近のミシェル・フロノイは「クリントン氏が政権を取れば、近年の日米同盟強化の流れを継続する。日本防衛やアジアにおける日米協力を強化する新たな取り組みを模索するだろう」と述べているが、普通の大統領ならそうせざるを得ない事に思いが到る。常識なのだ。トランプは「米国を偉大な国にするのは私だ」と胸を張るが、日本を軽視してそれが出来るのか。日本がバブルの時にニューヨークの不動産をめぐって手痛い目に合った個人的な恨みで対日関係を語るような、唾棄すべき男をちやほやしていては、米国自体の存立の基盤を失うことを、米国民は銘記すべきだ。
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