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2015-11-15 11:51

(連載1)移民問題は近視眼的であってはならない

牛島 薫 団体職員
 ドイツ対フランス戦という最高峰のサッカーが繰り広げられた金曜の夜、宿敵ドイツに快勝したフランス人達の興奮と歓喜は、一瞬で緊張と恐怖に変わった。パリの中心部でISによる同時多発テロが発生し、120人余りが犠牲になったことで、国際都市パリでは動揺が広がっている。これは、移民先進国フランスにあってイスラム国がはるか西方フランスに仕掛けたテロリズムといって片付く話ではない。移民政策に長く取り組んできたフランスにおいてでさえ、ムスリムコミュニティの社会への不満が解消できていない現状がこの悲劇の一因になっているのである。



 わが国では、経団連を始め経済界を中心に移民推進の方針を打ち出しており、安倍政権も外国人労働者の受け入れに前向きである。他方、国民の意識はどうかというと今年4月に行われた朝日新聞社の世論調査によると日本国民の51%が移民に賛成であるものの、賛成派の理由が「社会保障制度の維持のために必要」だったり、反対派の理由が「治安の悪化」だったりと、浅薄な印象が強く議論が煮詰まっているわけではないようだ。少子高齢化が進み、若年世代が老年世代を支える仕組みに致命的な構造的異常が生じている日本社会において、日本国民は移民問題を真剣に考える必要があるだろう。



 まず、移民問題といって有名で顕著な例はスウェーデン等北欧移民政策だが、近時の例はEUのシリア難民問題であろう。移民と難民の問題は分けて考えなければならないが、例えばドイツの難民対策は難民を移民労働者として期待している点で、短期的な矛盾が露呈している。メルケル政権は人道的な見地から難民受け入れを推進してきたが、当然それだけではなく国内の労働者不足解消の手段として中東からの難民を労働者に転換しようとしている。そのため財政的に比較的余裕のある連邦政府は難民受け入れに積極的であったが、庇護すべき難民を、財を生む労働者に変える環境整備の難しさに直面している。現在、姿勢が後退し負担をEU加盟国全体に分散させることに躍起になっていることは示唆的である。移民や難民の受容のノウハウが豊富なEUでさえ困難さを露呈するのであるから、移民問題が不可逆的な結果をもたらす以上日本はより多面的で慎重な検討を要する。



 日本の移民問題の主要な論点は、少子高齢化の解決策としての移民導入である。これは、育児・教育などに生じるコストを国内で負担せず短期的に労働力が手に入るところにポイントがある。財政的な余裕がない日本政府にとっては、少子化対策費用の捻出が不要で且つ増え続ける社会保障関連費の負担者を増やすことができ、妙案である。しかし、経済的メリットに前のめりになりすぎており、移民する側の視点がまるでなく、また文化的・制度的側面を考慮した考えとは言えない。少子化対策としての移民政策は通常は労働生産人口を補填することを目的としているため、非熟練労働者およびその家族の受け入れを前提にしている。文化的バックボーンが確立した青年を文化的同質性の高い日本人が受け入れるには、その用意に多大な社会的労力と経済的コスト、制度改革が必要になる。他方、移民たちは労働機械ではない。都合よく黙々と働き、租税を納入し、日本の経済を回すために国内消費し、唯々諾々と日本文化に染まり、宗教的・民族的主張を控えるほど、彼らは自分の尊厳を後回しにはしないし、それを強いる社会だとすれば日本は不健全で維持可能性がない社会である。(つづく)
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