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2015-11-10 06:19

中台会談は総統選に「逆効果」が鮮明に

杉浦 正章  政治評論家
 新聞の見出しが「一つの中国確認」といずれも踊ったが、中台首脳会談を冷静に見れば、大きな変化はない。同床異夢の現状維持にプラスアルファが生じただけだ。むしろ会談自体が「歴史的」と評価される性格のものであった。この構図から明らかになる会談の実像は、中国国家主席・習近平による1月の台湾総統選挙への“干渉”である。これが第一目標であったことはまぎれもない。しかし、会談後の世論調査の結果を見ると、馬英九総統の国民党は支持率を下落させ、野党の民進党が支持率を大きく上昇させている。逆効果の流れが早くも出始めているのだ。さらに言えば、台湾における「中国経済」VS「日本文化」の対峙の構図も浮かび上がる。新聞の言う「一つの中国確認」の意味をひもとけば、「1992年合意」にたどり着く。同合意は双方の窓口機関が確認したものだが、その解釈は中国が「台湾は中華人民共和国の一部である」と受け止め、台湾国民党側は「どちらも中華民族の土地であり、台湾政府が中国を代表する」と解釈する。要するに「あいまい部分」を詰めずにおき、本質的には「現状維持での平和志向」を肯定したものであろう。その基本に立ったプラスアルファとは、習近平の「一路一帯」構想にもとづくアジアインフラ投資銀行(AIIB)への台湾参加を習近平が事実上認め、経済面での緊密化路線を一層推進する流れを打ち出したことである。

 中国にしてみれば、台湾に対するどう喝や武力行使を前面に出さず、経済的に取り込み溶解させる、“アメーバ戦略”であろう。「切っても切れぬ関係」を作り、台湾をがんじがらめにした上で、吸収してしまう、深謀遠慮である。
しかし、“総統選挙干渉”への習近平の思惑は、早くも外れた。台湾の4大紙の一つである「自由時報」の調査によれば、国民党の支持率は会談前の20.7%から会談後は19%に下落。逆に「92年合意」など認めていない民進党支持率は41.7%から46.7%に上昇したのである。これが意味するものは何かと言えば、札びらでほっぺたを叩いても、台湾には通用しないのだ。台湾は李登輝が総統となって1990年半ばから民主主義路線を定着させたが、その結果、民主化教育を受けた20代から30代の青年層に、共産党一党独裁の中国に対する反感が横溢した。昨年の3月にひまわり学生運動に賛同する学生と市民らが、立法院を占拠した動きはその象徴であり、一般市民の学生への共感度も高い。

 学生運動の根幹は自由と民主主義であり、中国共産党の一党独裁路線とは相いれないものがある。日本では政治・経済面だけにとらわれて、とかく見逃されがちだが、最近の東南アジア諸国の民衆の親日感情はかつてない高まりを見せている。中国の影響力が目立つミャンマーの総選挙での街頭インタビューで「日本のような国になりたい」という素朴な声を耳にして、感動した人も多いだろう。ベトナムは台湾と並んで好きな国第1位が日本だ。クレジットカードのVISAの最近の調査で、台湾人の一番人気の海外旅行先は「日本」。回答者の70.1%が「1年以内に是非、行きたい旅行先」だ。日本側の台湾との窓口機関である公益財団法人交流協会が2008-12年度に実施した「台湾における対日世論調査」では、4回連続で日本が「最も好きな国・地域」の第1位となった。調査では、「日本が最も好きな国」とした人は43%、「日本に親しみを感じる」が65%、「感じない」は15%、日本に対するイメージで、何らかの「プラスイメージ」を選択した人はなんと98%にのぼった。

 この潮流を分析すれば、政治・外交より圧倒的に文化面での影響が大きい。若者の多くが日本旅行を経験しており、その経験から日本人の親切さ、性格の良さ、街の清潔さ、景色の多様さ、民主主義の有り様、治安の良さなどを経験して帰るのだ。アニメを初め日本映画や音楽などの影響力も、戦後西部劇に熱中してアメリカ文化に憧憬の念を抱いた日本の若者と相似形をなしている。そのあこがれの国の日本を旅行で体験して帰り、これが、中国との対比で総統選挙に大きな影響力となって作用する流れとなっているのだ。一方で、台湾を旅行する中国人は、かつての「醜いアメリカ人」、それを一時は受け継いだ「醜い日本人」に成り代わるかのように、爆買いはするが横柄で、台湾人を見下す風潮が治まらない。反感は募る一方だ。

 「強権的な中国は嫌い、優しい日本が好き」の構図だ。このように日本は「最強の無手勝流」で中国に対抗している現実があることを掌握すべきであろう。つまり、日本文化が黙っていても、中国の札束外交に打ち勝っている例が、台湾なのである。中国が経済的に取り込みを図るのに対して、日本は台湾人の精神や心の部分に影響を及ぼしているのだ。社会福祉団体「金車教育基金会」が高校・大学生を対象に実施したアンケート調査によると、「台湾に最も非友好的」な国について、87.9%が「中国」と回答。反対に「台湾に最も友好的な国」では、56.1%が「日本」と答えた。この流れが1月の総統選挙に強い影響力を及ぼしており、どの調査を見ても親日・反共の民進党主席・蔡英文が国民党主席の朱立論を2倍上回る40%以上の支持率で独走しているのだ。首相・安倍晋三が先月蔡英文と極秘裏に日本で会談して“先物買い”しているが、台湾の風潮を掌握した上での会談であり、先見の明があったと言えるだろう。習近平と馬英九の会談は、中国側の思惑外れだ。大きな流れは独立色の濃い民進党が総統選挙で躍進し、国民党は予見しうる将来衰退の道をたどらざるを得ないのだろう。総統選は、ある意味で中国を選ぶか日本を選ぶかの側面が濃厚でもあるのだ。
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