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2015-10-07 06:23

TPPは「経済冷戦」の色彩が濃い

杉浦 正章  政治評論家
 チーム「安倍・オバマ」による習近平へのアッパーカットである。TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意は、安保法制による日米同盟の強化に「経済安保」の側面が付与され、これが車の両輪として作用して、中国包囲網を形成する形となった。合意についてオバマは「中国のような国に世界経済のルールを書かせるわけにはいかない」と、対中国「経済同盟」の性格を顕著にさせた。先の米中首脳会談の険悪な雰囲気を如実に物語る発言であった。首相・安倍晋三も「TPPは価値観を共有する国が自由で公正な経済圏を作っていく国家100年の計」と言明、オバマに歩調を合わせた。安保で米中が対峙(たいじ)する極東情勢は、一種の「経済冷戦」の色彩を濃くする側面が生じてきた。国内的にはアベノミクスに“神風”が吹き、第2ステージの国内総生産(GDP)600兆円達成目標が視野に入ってきた形だ。

 オバマの「中国に世界経済のルール作りを任せない」という姿勢と安倍の「価値観を共有する国」発言は、事実上中国の早期TPP加盟を不可能と見たものであろう。オバマ政権がTPPを安全保障と密接に結びつけていることは、国防長官・カーターの「TPPは空母1隻分に相当する」という発言からも明白だ。また貿易と金融という意味で質は違うが、中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、同一ルールで経済圏を構成しようという意図においてTPPの対極に置かれるものであろう。しかし、AIIBがチャイナマネーで70か国を集めているものの、中国の金の切れ目が縁の切れ目となる虚飾性が濃厚なのに対して、TPPは極めて重層的かつ実質的な巨大経済圏の確立であり、世界経済にとって大きな推進力として、今後発展することは確実だ。TPP加盟国は世界のGDPの4割、域内人口は8億人に達する。国際通貨基金(IMF)の計算によると地域のGDPは2014年比で2020年には24%拡大し、人口も5%増える。人口減に悩む日本にとってまさに渡りに舟のチャンスが生じることになる。安倍の掲げた「1億総活躍社会」と「GDP600兆円目標」の根拠には、まさにTPPにあったことが改めて明確となった。600兆円は名目3%以上の高い経済成長率が前提となるが、物価が2%上がれば3分の2のゲタを履くことになり無理な数字ではない。まさにTPPが大きな役割を果たすことになる。

 そこで、中国がTPPに参加可能かということになるが、共産党1党独裁の統制経済が続く限り困難と言わざるを得まい。過去の例を見ても、世界貿易機関(WTO)は中国が加盟して機能麻痺に陥った。レアアースの輸出割り当ての大幅削減という自由主義経済にとってのタブーを臆面もなく実行する中国が引っ掻き回したからだ。加えて共産党が支配する国営企業の存在がある。1党の力を資金的に拡大し、その独裁体制を維持するのが中国の国営企業であり、自由主義経済体制を謳歌(おうか)するTPPとは水と油の体制である。現にベトナムとの調整で一番問題になったのは国営企業の存在であった。さらになりふり構わぬ株価操作やGDPなど経済指標の“官製”である。苦し紛れとは言え8月11日の人民元の切り下げで株価を操作しようとした無謀さ。GDPを7%台と発表しているが、これを世界の経済界では「李克強指数」と呼び、誰も信用していない。こうした基本的な経済ルール欠如の共産党独裁体制の国がTPPに参加する事はまず不可能と言ってもよいだろう。中国は国内の政治経済体制が変わらない限り、自由主義貿易圏への参加は困難と言わざるを得ないのだ。したがってTPPは好むと好まざるとにかかわらず対中経済包囲網の性格を帯びさるを得ないのである。バブル崩壊で減速が著しい中国経済にとってTPPは、追い打ちをかけるものとなる。

 一方韓国は、円安ショックに加えてTPPショックを受けて狼狽(ろうばい)の極みだ。基本的には大統領・朴槿恵の先見の明の無さにすべてが起因している。日本との関係は慰安婦問題などと言う古色蒼然の問題でこじらせ、中国とだけ自由貿易協定(FTA)を締結すれば経済的に安泰という判断が、国を誤らせた。朝鮮日報は「韓国が環太平洋経済同盟の落伍者になりかねないという懸念も聞かれる」と報じた。一刻も早く加盟したいのが本音だろう。一方国内的には、政権が民主党から改心した自民党に代わると、改めて政治がこれほど活性化してダイナミックになるということの象徴が、安保法制に次ぐTPP締結である。民主党はまさに顔色なしであろう。これで内閣支持率が上昇しないはずはない。TPPは安倍とその腹心のTPP担当相・甘利明と経済産業省の合作で成功した色彩が濃厚である。甘利はいささか交渉能力に欠ける米通商代表部(USTR)のフロマン代表をけしかけ、事実上日米結託で合意へとこぎ着けた。焦点で米国とオーストラリアが対立していた新薬の特許保護期間は、協定上では5年に定めるものの、各国は既存の制度で事実上8年まで医薬品特許を保護するという玉虫色の決着である。玉虫色決着は、歴史的に経産省の得意業であり、事務当局の案をフロマンに入れ知恵したのは甘利と言われる。
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