国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百家争鳴」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2013-01-11 19:30

「国力に見合った軍事力」に説得力はあるか?

河村 洋  外交評論家
 中国の軍事的台頭に対して世界から懸念の声が挙がるたびに、中国側からは「国力に見合った軍事力を持つのは当然だ。そうして世界規模に広がった中国の国益を守るのだ」という反論がなされる。しかしアジア太平洋諸国も欧米諸国も、本当に脅威を感じているのは中国の意図である。その典型例はアメリカに持ちかけたという「太平洋分割案」である。これでは国際社会から、中国は他国の意思や国際公益を無視して自国の利益を世界に押し付けようとしているのではないかという疑念を抱かれても仕方がない。

 強大な軍事力があるからと言って、それが必ずしも外国から脅威と見なされるわけではない。最も典型的な例はカナダとアメリカの関係である。カナダは南の超大国と長い国境線を接しており、しかも自国の人口のほとんどがその国境線沿いに集中している。通常ならば、これは隣国の脅威に非常に脆弱な状態であるが、アメリカを安全保障上の脅威だと見なすカナダ人はまずいない。それはアメリカがカナダを侵略する意図を持つとは考えにくいからである。軍事力の強さと脅威の認識に関する歴史的考察には、帝国主義が最高潮であった19世紀末から20世紀初頭の英米独の競合が最適である。米独両国とも国力の向上に見合って軍事力を強化したが、カイゼルのドイツは大英帝国の覇権に真っ向から勝負を挑んだ。そのため、イギリスはより友好的なアメリカと同盟してドイツと対決したのである。

 また、忘れてはならないのは国際公共財の提供という視点である。パックス・ブリタニカの維持には二国標準主義が採られ、イギリスは独仏露のうち2ヶ国が連合しても優位に立てるだけの軍事力を持った。こうした安全保障の傘によって、ベネルクスや北欧諸国のような小国も平和を享受したのである。同様に、現代はパックス・アメリカーナによってアジア太平洋地域の国々は平和を享受している。中国の指導達が「国力に見合った軍事力」を主張する際には、こうした「歴史認識」が欠けているように思われる。中国の安全保障政策で疑問を呈すべきは、東シナ海および南シナ海における領有権主張である。両海域で中国の主張を支持する国家も非国家アクターもほとんどない。欧米に対抗するために中国に接近し、日本とは北方領土問題を抱えるロシアすら、これらの件では中立なのである。それでも自国の領有権主張を押し通す中国の態度は、かつての大東亜共栄圏を主張した日帝よりも強引である。この問題に関して中国の「歴史認識」はどうなっているのだろうか?

 中国の対外政策への不安感を一層高めるのは、チベット、ウイグルなど国内の少数民族に対する抑圧である。少数民族の権利を主張する活動家達は、中国に一度譲歩をすると自分達の国の独立を失ってしまうと訴えかける。そうした声が真実味をもって受け止められるのも、東シナ海および南シナ海での強引な領有権主張と中国国内での少数民族への非人道的な抑圧の相乗効果があるからである。中国の政府関係者および論客達は国際メディアに対して「国力に見合った軍事力の増強」という呪文さえ唱えれば説得力があると思い込んでいるようだ。しかしアジアにおいても欧米においても、彼らのこうした主張がほとんど受け入れられていないという事実をしっかりと認識して欲しいと思う。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百家争鳴』から他のe-論壇『百花斉放』または『議論百出』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
東アジア共同体評議会