国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「百家争鳴」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2012-05-17 17:33

(連載)日本に憲法は無い(2)

加藤 朗  桜美林大学教授
 他方改憲派も自主憲法制定や改憲など諦めたほうがよい。前述したように憲法九条は国家と国民の間に交わされた契約ではない。憲法九条をすなおに読めば(憲法は国民と国家の契約だから最大多数の国民が理解できるように、その内容は義務教育を終えた国民、最近の流行り言葉で言えばB層の一般大衆が理解できるレベルでなければならない。憲法学者の解釈は憲法学や自らの権威のための解釈でしかない)、自衛隊は違憲であり自衛権も放棄している。ただし、「力にたいして、力で自己防衛しないという契約は無効である」(『リヴァイアサン』第14章)とホッブズがいうように、国家が自衛権を行使せず国民を守らないという契約は無効である。したがって、武力も自衛権も放棄するという憲法を持った国家は、社会契約説に基づく近代国民国家ではない。もっとも武力以外で国民を護るという契約はありうるという反論が聞こえそうだが、それは国家が暴力の排他的独占主体であるという国家の本質そのものに反しており、そういう共同体は近代国家とはいわない。一種の宗教共同体である。したがって近代国家なら武力以外で国民を守るという契約はありえない。

 国家は対外的脅威だけでなく、国民間の暴力を武力で制約しなければならず、対外的には軍事力は行使しないが、対内的には警察力を行使するというのは論理矛盾である。軍事力も、警察力も国家の暴力であることにはかわりはない。だから、もし憲法九条の下では改憲派が懸念するような外敵の脅威に対しては、カントも提唱している民兵組織で対応すべきである。憲法九条は国家の武装を禁じているが、国民の武装については言及してない。国家が武装を放棄している以上、国民一人一人がみずからの責任で自らを護る自衛権は当然認められる。したがって憲法九条の下では国民有志が武装して国土防衛に徹する民兵部隊をつくることの方が、事実上実現不可能な改憲運動をするよりはよほど現実的である。

 毎年五月になると護憲、改憲の声が喧しい。もはや年中行事であって、内容空疎な議論が繰り返されている。護憲派が主張するように、護憲運動があったから憲法が護られてきたわけではない。憲法九条を護ったのは、皮肉にも憲法九条が否定する日米安全保障体制である。また改憲派が主張するように、米国から憲法を押しつけられたわけではない。実質的にはともかく形式的には国会で承認したのである。承認する代わりに日米安全保障体制の下で安全保障よりも経済発展を優先させたのである。いまさら憲法押しつけ論を主張するのは対米信義に悖る。いずれにせよ戦後一貫して日本には近代国民国家でいうところの憲法はなかった。あったのは日本人のアイデンティティーとしての憲法九条と、実質的に憲法九条を運用、解釈した米国の対日政策だけである。

 さて護憲派、改憲派ともに考えなければならないのは、「国民国家というビッグ・ブラザーが壊死し、リトル・ピープルの時代」(宇野常寛『リトル・ピープルの時代』)となった現状をどのように考えるかである。憲法は国家と国民の約束である。その国家が壊死した現状では国民は国家と約束することはできない。つまり憲法は実質意味をなさず、国民は無憲法状況に置かれる。無憲法状況に置かれる国民は国民足り得ず、リトル・ピープルすなわちホッブズのマルチチュードに解体していくしかない。改憲派、護憲派の運動はそのベクトルは逆向きでも、結局は国家というビッグ・ブラザーの再生を求めた運動でしかない。今われわれに求められているのは、国家との約束である憲法の護憲、改憲の問題ではなく、リトル・ピープル同士の契約をいかに結ぶかという問題である。「神無き地上において秩序は如何に可能か」というホッブズの問いかけをもう一度考えるところからしか、憲法問題の解決はありえない。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『百家争鳴』から他のe-論壇『百花斉放』または『議論百出』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
東アジア共同体評議会