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2010-05-14 19:38

(連載)各国政府から相手にされなくなった日本政府(2)

袴田 茂樹  青山学院大学教授
 鳩山政権の八ッ場ダムや普天間基地などの諸政策を見ると、ある特徴に気付く。それは、住民、知事、市町村長、政府機関などの関係者が、内部抗争も含めて長年血みどろの闘争や苦渋の決断を繰り返し、千載一遇の解決法としてまさに死ぬ思いでたどり着いた「叡智」を、観念的な「理念」や「マニフェスト」を盾に、いとも簡単に蹴飛ばしていることだ。しかも、住民や関係者の痛みをまったく共有せず、逆に、これこそが「チェンジ」を看板にした革新政党の本領発揮とばかりに、胸を張っている。たしかに、本気で世直しや革命を実行しようとするなら、保守派が大切にする伝統智や経験智にだけ依拠することはできない。伝統の尊重や経験主義は、しばしば一部の者の利権や腐敗、汚職、不公平などを覆い隠しているからだ。したがって、フランス革命やロシア革命にしても、明治維新にしても、大きな変革の時には伝統や経験の叡智とは次元を異にする規範をもとにした「理想」や「観念」が重大な役割を果たした。

 ただ、これらの革命や維新の担い手たちは、単なる理想主義者や観念論者ではなく、したたかなリアリストでもあった。革命家たちは国家権力打倒のために命がけの闘争を行っていたのだから、それは当然のことであった。例えば、レーニンにしても、一方で強烈な共産主義の理念や理論に動かされながらも、他方で権力問題ではシニカルすぎるほどの現実主義者でもあった。このような過激な革命でなくても、少なくとも国の権力を担おうとする真剣な改革者は、現実に対しても卓越した理解力を有するリアリストであらざるを得ない。現実へのリアルな感覚を欠いた理想主義者は、単なる空想主義者である。リアリストのキッシンジャーがその著書『外交』で、一般に理想主義者と言われるウィルソン大統領を大いなる尊敬の念を持って描くのも、彼を単なる空想主義者とは見ていないからだ。

 キッシンジャーは「偉大な理論家であるスターリンも、実際にはイデオロギーをリアルポリティークに従属させた」とも述べている。民主党政権に欠けているのは、この真剣勝負の気迫と、それに伴うはずの現実や国家権力に対するリアルな認識である。民主党は政権を戦いとったのではなく、自民党の自滅の結果、タナボタ式に権力の座についたのであり、それが民主党にリアリズムが欠けている理由であろう。4月23日夜、鳩山首相は普天間基地問題について「全身全霊で、命をかけて」連日努力していると強調した。「命をかけて」という言葉を、どれだけの重みをもって述べているのか。

 改革政策やマニフェストに「命を懸ける」のであれば、当然、変革される対象に対しても、真剣でリアルな認識が必要だ。しかし民主党には、普天間問題を見ても、八ッ場ダム問題を見ても、それを見直すと言いながら、前政権の時代に到達した結論にいたるプロセスを綿密に検証し直す努力は皆無であった。「県外か国外」「コンクリートより人間」といった抽象的な観念やマニフェストをもとに、住民の意思も関係者の努力も無視して、いきなり「改革政策」を上から押しつけ、強引にそれを実行しようとしている。これは独裁政権の手法だ。思いつき的で稚拙な観念やマニフェストでも、それを国家の政策として権力の座で振り回すならば、それらは凶器となる。つまり、もはや児戯に等しいなどとは言っておれなくなる。稚拙な「観念論」がもたらすダメージは、国内的にも国際的にもあまりにも大きいからだ。今わが国で生じていることは、このことではなかろうか。(おわり)
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